インド風水ヴァーストゥと五大

五つの要素とは


 インド風水ヴァーストゥの思想によると、自然は、「地(Prithvi/Bhumi)」、「火(Agni/Tejas)」、「空(Akasha)」、「水(Ap/Jala)」、「風/空気(Vayu/Pavan)」という五つの要素で構成され、これは、「五大」とも呼ばれています。

 この五つの要素は自然状態ではバランスが取れているとされていますが、人工的な状態では、そのバランスが崩れ、副作用が起きるため、ヴァーストゥでバランスを元に戻すことが必要と考えられています。

 五つの要素には、それぞれ、以下のような役割があります。
 「地」 ― 地磁気と重力によって地球上の全ての生物・無生物への影響力を行使
 「火」 ― 昼夜、季節、エネルギー、熱意、情熱、活力の源である光と熱をもたらす生命の維持に必要な要素
 「水」 ― 全ての動植物に不可欠な水の提供
 「風」 ― 適度な湿度、空気の流れ、温度、気圧などによって快適な環境を与える
 「空」 ― 地、水、風、火の要素に宇宙をも含む空間の提供を行う要素

 この「五大」という思想は、古くからバラモン教/ヒンドゥー教を中心とするインド哲学にあり、古代インド思想では、火・水・地を三大、または地・水・火・風を四大とし、これらに「空」を加えて「五大」とする思想が現れ、さらに第六の要素として「識」(意識)を加えて「六大」とする思想がのちに出現しました。そして、この「五大」という思想は仏教にも取り入れられ、わが国にも大きな影響を与えていったのです。

方位との関係

 また、五大についてヴァーストゥでは、方位も表しています。すなわち、「地」は南西、「火」は南東、「空」は上空(中央)、「水」は北東、「風/空気」は北西です。「地」、「火」、「風/空気」については、後に仏教に取り入れられました。仏教では、仏法及び仏教徒を守護する天部の神々(天)のことを護法善神と呼びます。このうち、東西南北と東北・東南・西北・西南の八方を護る諸天に、天・地・日・月にかかわる4種の神を加えて「十二天」とされ、「地」は「地天(じてん)」、「火」は「火天(かてん)」、「風」は「風天(ふうてん)」となったのです。

仏教と密接な歴史がある


 いうまでもなく仏教はゴータマ・ブッダ(仏陀)がインドで創始したものですが、そもそも仏教はヒンドゥー教の前身であるバラモン教に批判的な立場から分かれた宗教です。言い方を変えると、仏教はインドの哲学・宗教思想を基盤に批判を加えながら発展してきたわけです。さらに仏教は、バラモン教から分かれた後も、バラモン・ヒンドゥー教の教義を取り入れながらさらに発展していきました。
 
 「五大」も、この過程で、インド思想家と仏教徒との教学論議を経て、仏教の思想体系中にも取り込まれ、仏教思想の一部として日本など東アジア一帯に広まっていきました。例えば、仏教の一派である密教では五大を五輪(ごりん)と呼び、この思想に基づく塔婆として五輪塔を造立しています。したがって、バラモン教(古代ヒンドゥー教)に起源を持つ、仏教、五大の思想や五輪塔などが、我々日本人に受け入れられたように、インド風水ヴァーストゥも同じ起源であることから、日本人に受け入れやすいのではないでしょうか。なお、中国の五行思想(木・火・土・金・水)と数が同じで、一部共通する物もあることから混同されやすいのですが、両者は全く別個に成立したものです。

 ところで五輪塔とは、仏塔の一種で主に供養塔・墓塔として使われています。五輪塔は、下から方形=地輪(ちりん)、円形=水輪(すいりん)、三角形(または笠形、屋根形)=火輪(かりん)、半月形=風輪(ふうりん)、宝珠形=空輪(くうりん)によって構成され、古代インドにおいて宇宙の構成要素・元素と考えられた五大を象徴しています。こうした五輪塔などは密教の影響が強く、それぞれの部位に下から「地(ア a)、水(ヴァ va)、火(ラ ra)、風(カ ha)、空(キャ kha)」の梵字による種子を刻むことが多いようです。また、四方に梵字(ぼんじ)による種子(しゅじ)を刻むこともあるようです。宗派によって、天台宗・日蓮宗では上から「妙・法・蓮・華・経」の五字が、浄土宗・浄土真宗では上から「南・無・阿・弥・陀仏」の文字が、禅宗では下から「地・水・火・風・空」の漢字五文字が刻まれる場合もありますが、宗派を問わず種子を彫ることも多いようです。また、種字や文字のない五輪塔も多く存在します。


宮本武蔵も!?


 ところで宮本武蔵とインド風水ヴァーストゥ、この二つは全く関係がないと思われるかもしれませんが、実は少しだけ関係があります。宮本武蔵の代表的な著作である「五輪書」の書名の由来は、密教の「五輪」からなのですが、それになぞらえて「五輪書」は「地・水・火・風・空」の五巻に分かれています。先にも述べたように密教は仏教の一派で、インドから中国を経由して日本に平安時代にもたらされました。代表的な宗派は空海が開いた真言宗と最澄が開いた天台宗です。この密教には、ヒンドゥー教の要素が多く取り入れられています。その理由は、インド仏教後期においてヒンドゥー教の隆盛によって仏教が圧迫され、ヒンドゥー教の要素を仏教に取り込むことで、インド仏教の再興を図ったためです。ヒンドゥー教は、ヴァーストゥと同じバラモン教を背景としていますから、密教とヴァーストゥは共通する部分があります。つまり「五輪書」が密教かはともかく、「五輪書」の「地・水・火・風・空」の起源はインド風水ヴァーストゥと同じなのです。残念ながら、インドの密教は、西アジアからのイスラム勢力とインド南部のヒンドゥー教徒政権との政治・外交上の挟撃に遭い、歴史的に消滅に追い込まれました。空海、最澄らが学んだ中国の密教も現在はほとんど存在しないようです。現在、中華人民共和国では、後期密教の体系がチベット仏教の中に見ることができるのみです。宮本武蔵とインド風水ヴァーストゥの意外な関係でした。

バラモン教とは


 これまで、「バラモン教」という言葉が、多く出てきましたので、少しご説明したいと思います。バラモン教とは、古代インドにおいて、仏教興起以前に、バラモン階級を中心に、ベーダ聖典に基づいて発達した、特定の開祖をもたない宗教です。バラモン教はヒンドゥー教の基盤をなしており、広義にヒンドゥー教という場合にはバラモン教をも含んでいます。紀元前1500年ころを中心に、インド・アーリア人がインダス川流域のパンジャーブ地方に進入しましたが、彼らはさらに東進して肥沃なドアープ地方を中心にバラモン文化を確立し、バラモン階級を頂点とする四階級からなる四姓制度を発達させました。

 彼らはインドに進入する際、それ以前から長い間にわたって保持してきた宗教をインドに持ち込み、それを発展させ、進入時からおよそ前500年ころまでの間に、『リグ・ベーダ』をはじめ、ブラーフマナ、アーラニヤカ、ウパニシャッドを含む膨大な根本聖典ベーダを編纂しました。なお、インド風水ヴァーストゥは、そのうちのアタルヴァ・ヴェーダのスターパティア・ヴェーダに由来しています。その内容は複雑多様ですが、彼らが進入以前から抱いていた自然神崇拝、宗教儀礼、呪術から高度な哲学的思弁までも包摂しています。彼らは、宇宙の唯一の根本原理の探求を行い、「宇宙の唯一の根本原理としてブラフマン(梵(ぼん))が、個人存在の本体としてアートマン(我(が))が想定され、ついに両者はまったく同一である」とする梵我一如の思想が表明されるに至りました。中国風水の観点が地政的であるのに対し、インド風水ヴァーストゥが宇宙などより根源的であるのはこのことによります。また、根本聖典ベーダのひとつであるウパニシャッドで確立された業(ごう)・輪廻(りんね)・解脱(げだつ)の思想は、インドの思想・文化の中核となったばかりか、仏教とともにアジア諸民族に深く広い影響を与えていることは皆さんもよくご存知のとおりです。ベーダの神々のなかには、帝釈天や弁才天のように日本で崇拝されているものもあります。

日本で受け入れられるのか?


 文部科学省の「宗教統計調査(平成17年12月31日現在)」によると、日本における宗教の信者数は、神道系が107,247,522人、仏教系が91,260,273人、キリスト教系が2,595,397人、その他9,917,555人、合計211,020,747人となり、日本の総人口の2倍弱の信者数になるそうです。神道系と仏教系だけで2億人をこえるということは、日本古来の民族信仰の基盤の上に、自然風土の中で培われた年中行事や、祭礼などを通じて、多くの日本人が七五三や初詣、あるいは季節の祭りを神社で行う一方、葬式や盆などを仏教式で行うなど、複数の宗教にまたがって儀礼に参加しているためです。日本では長く神仏習合が行われたため、神道と仏教の間には明確な境界線が存在しません。考え方を変えると、神道と仏教という二つの宗教が日本に存在したと捉えるのではなく、渾然一体となった宗教が一つあったと捉えるほうが自然であるともいえるかもしれません。

 もともとインド風水ヴァーストゥは仏教と関係があるだけでなく、こうした日本の風土を背景に、私はインド風水ヴァーストゥは時間が多少かかっても広まっていくのではないかと期待しています。ただ、この場合、神秘性を強調しすぎたり、排他的になってはいけないと考えています。日本の宗教のように「おおらか」に、かつニュートラルにインド風水を紹介したほうが、結果として早く広まるのではないかと思っています。